ハーバーマス精読講座のお知らせ

「ハーバーマスを読む ―カント論を中心に― 」

 この講座では、「差異に敏感な普遍主義」を掲げるユルゲン・ハーバーマスのいくつかの議論を、カント論に焦点を当てながら紹介する。具体的には、2003年(原著は1996年)に上梓された『他者の受容』に収められている国民国家の未来や人権、そして民主制についての議論を取り上げる。もとより限られた時間では、ハーバーマスの長年の研究活動のすべてを解説することはできないが、この著作のテーマである「他者を受容し、差異とともに生きる論理はいかにして可能か」という問いは、ハーバーマスにとっての根本問題であるので、それについて学ぶことは、ハーバーマスの諸議論の輪郭を大きくつかみ出すことにもつながろう。それゆえ、この講座では、細部に拘泥することなく、大胆に読み飛ばしながら、まずはぼんやりとでも良いので輪郭線を見つけて頂けるように各回を進めていくことにしたい。 初回は、テクスト解説に先立ち、「差異に敏感な普遍主義」を理解する導きの糸として、ハーバーマスが踏まえている諸前提について若干の解説をする。また、各回毎にレジュメを配布する予定である(堀内・記)。
  • 担当者: 堀内進之介
  • 場所: 朝日カルチャーセンター 新宿教室
  • 期間・曜日・時間: 10/16、10/23、11/27、12/25 (木:19:00〜20:30 全4回)
  • 参考書:『他者の受容』・『ブリッジブック社会学』
  • 必要箇所はコピー教材として実費で配布。ご購入はご自由です。
  • 申し込みはこちら!

シリーズ講座のお知らせ

「シリーズ:社会(科)学のラディカリズム」                                                                   ●テーマ: グローバル化の不可避性− ロールズとウォーラーステイン                                ●担当者: 宮台真司・ 堀内進之介                                                                                  ●期間・曜日・時間: 7/26→8/2に変更, 8/23, 9/27 (土:19:00〜20:30)                                                                                ●場所: 朝日カルチャーセンター 新宿教室                                                              ● 申し込みはこちら!  

2008年の『めぞん一刻』

所長 鈴木弘輝

 私はこのブログでは、様々なものに対する自分の感想をつい書いてしまうことが多いのだが、今回はいつにもましてその傾向が強いことをお断りしておく。
 なぜ冒頭でわざわざそういうことを述べるかというと、今回は私が中学・高校・一浪の時に最もハマったマンガである『めぞん一刻』に関する文章だからである。しかし、そうはいっても、いきなり「時計坂商店街のモデルになったのは・・・」などとそのマンガの話だけをするわけではなく、このマンガを話題としながらこれまでの自分をふり返りたいと思っている。だから、今回の文章はいつにもまして「個人的」である。
 では実際に始めたいと思うのであるが、まずここで話題としてふりたいのは、私の中高大時代(1983〜1994年ぐらい)に発表されたマンガ・音楽・小説の中には、その時期から今に至るまで、それなりにウケ続けているものがあるということである。例えば、「ザ・ブルーハーツ」というバンドの曲があるが、昨年(2007年)度の大学講義で定期試験の代わりにレポートを書いてもらった際、その中に『情熱の薔薇』の歌詞を引用していたのがあった。講義の中でこのバンドについて話したからというのもあるとは思うが、とにかくそれを見つけた私は、「こういう曲って年代を超えて聞かれるんだなあ」と思ったのであった。念のために、ここにも引用しておく。

永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか
見てきた物や聞いたこと 今まで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方

なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ
なるべくいっぱい集めよう そんな気持ち分かるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方

情熱の真っ赤な薔薇を 胸に咲かせよう
花瓶に水をあげましょう 心のずっと奥の方

 私がそのレポートを受け取ったのが2007年で、この曲がヒットチャート1位をとったのが1990年だから、15年以上も若者に聞かれていることになる。私は高校でも講師をしているのだが、生徒たちの中にも「ザ・ブルーハーツ」の曲をカラオケで歌っている者がいるというのを聞いて「へえ〜」と思った覚えがある。もっとも、生徒は生徒で「先生がそんな歌知ってるんだ、すげえ」といっていたのだが。
 さて、なぜ私がここで『情熱の薔薇』を取り上げたのかというと、この歌詞の内容が「1980〜1987年連載の『めぞん一刻』というマンガが2007〜2008年にテレビドラマ化されるというのは、この2008年にどのような意味があるのか」ということを考えるきっかけになると考えたからである。
 では、まず私にとっての『めぞん一刻』とはどのようなマンガだったかを述べよう。『情熱の薔薇』が流行った1990年というのは、私が二年目の大学受験浪人をしていた年である。いわゆる「二浪」というやつだが、その二浪に突入する際に、私はあることを「決意」した。それは、「今まで何度も読み返していた『めぞん一刻』(と『うる星やつら』)を手放す」というものであった。そして、「知り合いの子どもに引き取ってもらう」というかたちで、その「決意」は実行に移された。
 なぜそんなことをしたのかというと、中高とかけて全巻揃え、常に手元に置いて読み返し、全ストーリーを自分の周囲に感じられるほど覚えていたマンガたちを捨てなければ、自分がどこにも行かれない(=大学に行かれない)ような気がしたからだ。こうして私は、二年目の大学受験浪人生活に入り、その後大学に入学した。
 そんな当時の自分にとって、『めぞん一刻』というマンガは、まさに「今まで覚えた全部」であった。そして、「一刻館の中で戯れている五代くん」を読み返して、自分もそんな気になっていたのだった(と思う)。しかし、「いつまでも戯れているわけにはいかない」と思うに至った二浪めの私は、『めぞん一刻』を捨てたのだった(と思う)。それは、今から思えば「自分の『情熱の薔薇』を胸に咲かせるべく、俺は『今まで覚えた全部』を捨てなければならない」という19歳の私の「決意」だったのである(自分で書いていて恥ずかしいが)。そして、去年(2007年)まで、『めぞん一刻』は一切読まなかった。
 それが、「文章のネタになるかもしれない」と思って、去年になって文庫本を4冊(近くの書店にはそれしか売っていなかった)買って、17年ぶりに読んでみた。「また読み返しのクセが戻ってしまい、他の仕事が手に着かなくなるのでは」という心配とともに、ページをめくっていった。
 しかし、あれほどしっかり覚えていたはずのエピソードを、今の自分がほとんど全部忘れてしまっていることに、だんだんと気づいていった。そして、第七巻から読み始めたのだが、最終刊である第十巻まで読み通すことに面倒くささを感じていた。結局、何日かに分けて一回は読み通したのだが、それ以降は全く読み返していない。この文章を書くのに久しぶりに取り出してみたが、全部読み通すこともなく、こうやってパソコンに向かっているではないか。
 何よりも自分でショックだったのは、「このマンガのどこに自分がハマっていたのか」というポイントが、今の自分にはつかめないということである。もっとありていにいえば、「どこが面白かったのかな」ぐらいの感覚なのである。もちろん、緻密なギャグも備えているマンガだから、「ここが面白いのだ」と理解はできる。しかし、そういった「構造的なもの」ではない何か、言い換えれば当時感じていた「雰囲気」のようなものが、ほとんど感じられないのである。
 それでも、もう一度通して4冊を読んだ中で、作者が作り上げた「構造的なもの」を理解しつつ、改めて感動した場面もあった。それは、五代くんが響子さんにプロポーズを済ませた後で、いよいよ五代くんの実家の定食屋に二人で挨拶に行くエピソードである。その中に、五代くんのおばあちゃんが響子さんに「最後まで添い遂げてくんなせ」とお願いして、その言葉に響子さんが感涙するというシーンがある。
 これは高校の時からずっと思っていたのだが、私はこのシーンが、三浦哲郎の小説『忍ぶ川』に触発されて書かれたものだと今も確信している。詳しい内容は実際にこの小説にあたってほしい(新潮文庫に入っているはず)が、場面の様子や人物の配置などからして、おそらくそうであろうと私は思っている。そして、そのシーンを読むに至って、はじめて当時の自分が(『忍ぶ川』と重ねながら)感動しながら読んでいたという感覚を、はっきりと思い出すことができたのだった。
 それどのようなシーンかというと、これまでの自分の人生の履歴(駆け落ち同然で結婚した相手(音無惣一郎)とすぐに死別した)に絡め取られてしまい、新しく「自分の幸せ」に踏み出すことに躊躇してきた女性(音無響子)が、相手の男性(五代裕作)の熱烈な愛情と周囲の配慮に導かれながら、ついに「決意」するというところである。
 もっとも、この年になって読み返した立場から見ると、当時の自分がそのようにこのシーンを読めていたかは大いに疑問である。何せ、自分を「戯れ続ける五代くん」に重ねて読んでいたぐらいなのだから。
 しかし、このシーンが感動的であるのは、響子さんの「自分の幸せ」に向かっていよいよ進もうとする「退路のなさ」というようなものが、ストーリーの中で十分に表現されているからなのだろうと思う。つまり、「自分の『情熱の薔薇』を胸に咲かせるべく、私は『今まで覚えた全部』を捨てなければならない」と「決意」したのは、五代くんではなく響子さんの方だったのである。少なくとも、今の私にはそのように読める。
 そして、19歳だった頃の私は、この響子さんの「自分の『情熱の薔薇』を胸に咲かせるべく、私は『今まで覚えた全部』を捨てなければならない」という「決意」を学習して、「自分の『情熱の薔薇』を胸に咲かせるべく、俺は『今まで覚えた全部』を捨てなければならない」と『めぞん一刻』を捨てたのだ(・・・と思う)。つまり、私はこのマンガを「誤読」してはいなかったのだ(・・・と思う)。もちろん、これは全くもって、後づけの理屈であるに過ぎない。
 では、「19歳の自分」と「今の自分」とでは、どこが違うのだろうか。それを理解することによって、「『めぞん一刻』のテレビドラマ化は2008年にどのような意味があるのか」という問いについて考えることができるだろう。
 私が、もう一度このマンガを読み返して改めて思ったのは、「『いつまでも戯れていたい』と思っていたのでは『決意』することはできない」ということである。もちろん、「いつまでも戯れていたい」と思うこと自体には、何ら道徳的・倫理的な問題はない。しかし、思考の順序として「いつまでも戯れていたい」と考えている限り、「〜しなければならない」という「決意」はその人に訪れないということは、予め知っておいて損はないのではないだろうか。
 なぜ私が今にしてそう思うのかというと、「19歳の自分」は『めぞん一刻』を「五代くんが戯れる物語」として読んでいたのに対して、「今の自分」は「響子さんが決意する物語」として読んでいるからである。今さら自分を悔恨しても仕方のないことなのであるが、「いつまでも自分が戯れていたい」という意識さえ自分になければ、このマンガは最初から「響子さんが決意する物語」として読めたはずなのに・・・というのが、今の私の正直な気持ちである。
 だから、もし今の若者が『めぞん一刻』を見たり読んだりする機会があるならば、どうか「響子さんが決意する物語」として解釈してほしい。そして、それこそが「2008年に『めぞん一刻』をテレビドラマ化する意味」だと私は思う。

次回8/4の更新は、堀内進之介です。

ETV特集『石ノ森章太郎 サイボーグ009を作った男』を見て

所長 鈴木弘輝

 いきなり自らの宣伝で恐縮であるが、今月末刊行の『Mobile Society Review 未来心理 vol.12』(モバイル社会研究所発行)から、私の連載がスタートする。タイトルは「〈魔のない世界〉からの追放/解放」で、全3回の予定である。
 この連載のテーマは、「『現代』の位相を『近代』との比較で見る」というものであり、タイトルにある〈魔のない世界〉という術語が「『現代』をどのような社会学的スタンスで見るか」を示している。そして、この術語は、M・ヴェーバーの「近代」論を下敷きにした見田宗介の『社会学入門』に登場するものである。これから後の詳しい議論については掲載された文章を読んでいただきたいが、この文章では、連載で展開しようとしている議論を、別の素材から少し展開してみたいと考えている。
 そこで、今回私が取り上げるのは、今年の5月25日にNHK教育テレビで放送されたETV特集『石ノ森章太郎 サイボーグ009を作った男』である。この番組では、今まであまり知られていなかった「漫画家・石ノ森章太郎の思考」に迫っている。今でもシリーズが続いている『仮面ライダー』の原作者として知られる彼は漫画家であり、アニメや特撮として制作された作品について、彼は必ずといっていいほど原作漫画を執筆している。しかし、実はその内容は相当にシリアスなものであり、特に「人類」や「科学」や「宗教」といったテーマに関しては、もはや「思想」といえるほどのクオリティを持っている。この番組では、そんな石ノ森章太郎の漫画世界に注目し、その中でも特に彼が自らライフワークと位置づけた『サイボーグ009』に焦点を当てたものである。
 この番組、とても面白いものであった。実はたまたまテレビをつけたら流れていて、最初は何気なく見ていたのだが、その内容に引きつけられてずっと見てしまった。その中でも、特に興味深かったのが、「天使編」と呼ばれる連載から石ノ森が死去するまでに描かれた(描かれようとした)内容である。
 少し紹介すると、悪の組織である「ブラック・ゴースト」との戦いを終えたサイボーグ戦士たちの前に、なぞの「天使」が登場する。どうやら「天使」たちは「現代文明における人類の過ち」を憂いており、それを「改善」するべく人類に致命的な打撃を与えようとしているらしい。そのことに気づいたサイボーグ戦士たちは、新たな戦いに出かける・・・。という筋書きなのだが、連載はここで中断されてしまう。そして、しばらくのブランクの後に「神々との戦い編」がスタートするのだが、これもまた中断してしまう。しかも、途中から「世界の様々な民俗的な神々」に関する描写が次々に登場し、以前のような疾走する戦闘シーンなど誌面から消えてしまうのである。そして、結末を迎えることなく石ノ森自身が亡くなり、後に膨大な草稿ノートが残った・・・。
 私はこれを見て、「石ノ森さんは『すごいところ』に踏み込んでしまったのだなあ」と感じずにはいられなかった。その「すごいところ」というのを社会学的な言葉で言い直すのであれば、「生存の根底にとぐろを巻く不定型で不確実なもの」、「運命的な不確実性」(いずれも山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』〔岩波新書〕)といったものになると考えられる。すなわち、社会の「近代化」が進むほどに、通常は「社会制度や個人意思ではどうにもならない運命的な不確実性」が社会の中で明確に語られたり感じられたりすることはなくなってしまうのであるが、それを石ノ森は自らのモチーフとして追いかけてしまったのだなあと思わずにはいられなかったのである。
 石ノ森は、「『サイボーグ009』が未完に終わった」という事実を残してこの世を去った。この「遂に明示しないまま終わった」ということ自体が、「すごいところ」に関する問題の性質を如実に表わしていると考えられる。しかし、一つの「作品」として考えると、未完で終わったのは残念である。そこで、「すごいところ」を遂に明示しないまま終わっておきながら、一つの「作品」として読む者に感銘を与える石ノ森漫画として、『人造人間キカイダー』を挙げることとする。これは特撮作品としてテレビ放映されたが、石ノ森によって原作漫画も書かれている。どういう内容だったか、紹介しよう。
 プロフェッサー・ギルが率いる悪の組織「ダーク」は、光明寺博士に強力な戦闘能力を持ったロボットを制作させていたが、それに耐えられない博士は、自分の作ったロボットに「良心回路」を組み込んでいた。「良心回路」とは、それを組み込まれたロボットが、たとえ主人の命令であっても「悪いこと」には従わないようにする「正義を守らせる回路」である。しかし、完全な「良心回路」を完成する前にギルにばれてしまった博士は、自らの作ったロボットである「キカイダー」に不完全な「良心回路」を組み込んでしまう。こうして、不完全ながらも「正義を守らせる回路」を組み込まれたキカイダーは、ダークと戦うようになるのである。
 そして、ストーリーの終盤で、仲間のロボット(キカイダー01、キカイダー00、ビジンダー)とともにギルに捕らえられ、その際に気を失ったキカイダーたちは、ついに「服従回路」を組み込まれてしまう。しかし、仲間のロボットたちがギルの命令に服従するようになったのに、キカイダーだけは元のままであった。なぜなら、ギルは他の作業に時間を取られ、キカイダーの「良心回路」を外しそこなってしまったからだ。こうして、「良心回路」=「正義の心」と「服従回路」=「悪の心」の両方を組み込まれ「完全な自分の意思を持ったロボット」となったキカイダーは、「自分の意思」で仲間のロボットを破壊し、ギルを倒し、炎上する敵の秘密基地から自ら一人で脱出する。敵との戦いを終えたものの仲間を全て失ったキカイダーは、自らのたどった運命に疑問を抱きながら、どこへともなく旅立っていくのだった・・・。
このように、原作漫画のエンディングではキカイダーの孤独な姿が描かれるだが、ここにこそ私が感銘を受けたポイントがある。すなわち、このエンディングの意味するところは、「悪の組織と戦う」という使命を果たし終えたキカイダーが、その戦いの果てに「完全な自分の意思」を獲得したがゆえに、「本当にこれで幸福になったのだろうか」と自らの存在意義を問う領野へと放り出されるというものである。
 私は、石ノ森がこのエンディングを通じて、「生存の根底にとぐろを巻く不定型で不確実なもの」や「運命的な不確実性」に囚われてしまう「現代人の苦悩」を描こうとしたのだと考える。思えば、仲間のロボットたちと共に「ダーク」と戦っているキカイダーは、或る意味で「幸福」であった。なぜなら、「自分のするべきこと」に迷ったり悩んだりすることもなく、その苦労を共に分かち合う仲間もいたからである。しかし、「完全な自分の意思」に独りで目覚めてしまったキカイダーは、他のロボットが「(新たな)自分のするべきこと」=「ギルの命令に服従すること」を粛々と遂行しようとすることに耐えられず、「(新たな)自分のするべきこと」も「仲間のロボット」も破壊するに至る。
 石ノ森は、このようなストーリーを展開することを通じて、キカイダーが自らの手で「役割に従順することで得られる確実性」を破壊したことを描いたのだと考えられる。そして、そのような自らの行為に対して自問自答するキカイダーの孤独な姿を描くことで、「役割に従順することで得られる確実性」の向こう側に「生存の根底にとぐろを巻く不定型で不確実なもの」や「運命的な不確実性」が横たわっていることを暗に示したのだと考えられるのである。そして、このような「すごいところ」を明示しようとせず、エンディングで暗示しただけで終えることによって、『人造人間キカイダー』は一つの「作品」として完結できたのだと私は思う。
 冒頭に紹介した私の「〈魔のない世界〉からの追放/解放」では、このような私の『人造人間キカイダー』に対する考えと同様の思考が、「家庭教育」という出来事に関する議論を起点として展開されている。興味のある方は、ぜひお読みいただきたい。

次回は6月16日、堀内進之介です。

「現代日本で教育を論ずる意義」を考える

所長 鈴木弘輝

昨年の私は、宮台真司氏や堀内進之介氏(当研究所首席研究員)と、朝日カルチャーセンターで講座を担当していた。そして、その際には「教育を社会学的に研究する者」として発言することが専らであり、現に自分の肩書きも「教育社会学者」というものになっていた(ちなみに、この4月からも引き続きこの3名で朝日カルチャーセンターの講座を担当することになっている)。
しかし、私は自分の専門領域を「教育社会学」に留めておくつもりは全くない。現に、私はこの4月から都留文科大学で「コミュニケーション論」という講義を非常勤で担当することになっているし、このブログでも前回は(「モーニング娘。」という)「ポピュラー文化」について少々論じてみたりした。
とはいっても、「これからはもう教育について論じない」といっているのではない。ただ、4月からまた新たな講座や講義を持つにあたって、特に朝カルでは教育について話をふられることがまた多くなるだろうから、ここいら辺でもう一度「(教育学者ではない)社会学者の私が教育を論ずる意義」について考えてみたいと思ったのである。
ということで、今回は私自身が教育を論じるようになった経緯ではなく(もし機会があれば私自身の「主体的な関心」について述べることもあるかもしれないが)、現時点で私が考える「現代日本で教育を論ずる意義」について述べることとする。

そして、その口火を切るために参照するのが、昨年の12月に出版された橋本治の『日本の行く道』(集英社新書)である。この本は、前々回の私のブログで紹介した『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』の続編である。では、なぜ今回この「続編」を取り上げることから始めるのかというと、それはこの本における議論の半分近くが「教育の話題」で占められているからである。
著者の橋本は、「教育学者」でも「社会学者」でもなく、「作家」である。だから、その彼が「これからの日本が行くべき道」について考えることになったからといって、「教育について論じる必然性」はないはずである。それは、教育学者が教育を論ずることとは全く違うことである。しかし、この本は現に、教育に関する議論にかなりの紙数を割いている。そして、私には、そこに「現代日本で教育を論ずる意義」の一端が見えるような気がするのである。
では、「これからの日本が行くべき道」について論じるために、橋本は教育に関する議論をどのように展開するのか。まず登場するのは、「子供がいじめで自殺する」という事態についてである。
まず、彼はこの議論を始めるにあたって、「いじめが問題になるこの日本社会は、なにがどうおかしいのか」という問題設定を行う。次に、1980年代の初めに登場した「小学6年生の男の子がいじめを苦にして自殺」というニュースを取り上げながら、「昔の小学生は『自殺』など考えもしなかったのに、今はいじめにあった小学生が自殺をするようになった」という「変化」に疑問を投げかけている。そして、その「変化」に「現代日本の状況」を見ようとしている。
橋本は、昔の頃までの子供には「助けてくれる大人」がいたので、子供は「自殺」という選択をする必要がなかったという。つまり、ある人に「自分でなんとかしなくてはいけないこと」が大きくのしかかってきたにもかかわらず「自分では何ともできない」となって、それがその人の「自殺」につながるとしても、昔の子供にはそのような「責任」がのしかかってこなかったというのである。しかし、今の子供は「誰にも助けてもらえない」というところに追い込まれているというのである。
その原因として橋本が挙げているのが、「友達」という概念である。彼によれば、かつての世の中には「いじめっ子」のような明白な「他者」がいたのに、今の世の中には「距離のある他人」が存在しにくくなり、本当なら「距離のある他人」であるはずの存在が、「距離を置いてはいけない」とか「『分かり合える仲間』として考えなければならない」などと考えなくてはならなくなったという。そして、そのような前提がはびこっているがゆえに、「『分かり合える仲間』からの排除」=「いじめ」という「剥き出しの残酷さ」に対して人々が気づかなくなってしまったというのである。
そして、1年に3万人の自殺者を出す現代日本においては、このような「コミュニケーション状況」が子供だけでなく大人の世界にも見られると橋本はいう。すなわち、「自殺をする人」や「(未婚・非婚や離婚によって)自分の家を作ることに失敗した人」といった「自分の行き場をなくした人々」というのは、「自分の家から学校に軸足を移して、そしてそのまま拒絶され、行き場をなくしてしまった子供たち」と同じだというのである。
しかも、そのような人々のことを「それは彼ら/彼女ら個人の問題である」とか「それは彼ら/彼女らの『自主的な判断』の結果だから仕方がない」と片づけてしまいがちな現代日本の風潮に、橋本は疑問を投げかけている。そして、そのような現代日本社会を、彼は(「格差社会」ならぬ)「隔差社会」と名づけている。それは、「あるレベルからはずれたら、もう生きていきにくくなる」、「あるレベルからはずれた人間たちなんか知らない」という「オール・オア・ナッシング」の世界のことである。
橋本のいう「隔差社会」とは、いたるところに「自助努力」や「自己責任」といった言葉が充満している社会である。言い換えれば、「当人の自主性に任せたんだから、こっちは関係ない」という「我知らず」の拒絶が野放しにされた社会であり、そうであるがゆえに結果として「格差」も「いじめ」も野放しのまま隠蔽されている社会である。
では、そのような現代日本に必要なのは何か。橋本によれば、それは「思いやりが足りない」ということを日本の人々が認めることである。さらに、彼は現代日本がこのようになってしまったルーツを、「明治以来の人々の働き方」に求める。そして、「一部の政治的指導者たちが『産業革命の達成=近代化の実現』を先導し、人々はそれに従って働く」という従来の「人々の働き方」に代えて、「必要なものを必要なだけ作る」という人々の生活を支える程度の「民主主義」を達成することが大切だと説くのである。

ここまでの橋本の議論において最も重要なのは、「いじめ」という「教育の問題」から出発して、最終的に「人間の労働の仕方」=「人間の生き方」にまで議論が進んでいるということである。
まず特筆すべきは、「いじめ」という「教育問題」を「個々人における感情の有り様の問題」に絞り込んだということである。もっとも、このようにまとめると、以下のような反論が来るかもしれない―「いや、そうではなくて、『個々人における感情の有り様の問題』である『いじめ』を『コミュニケーション様式の問題』に転換し直したということではないか」と。
しかし、橋本がやっているのはそういうことではないだろう。それは、彼はこの一連の議論の最終節に、「思いやりのなさが人を混乱させる」というタイトルをつけていることから読み取れることである。
もし、「ある基準から外れても、それは彼ら/彼女らの『自主的な判断』の結果だから仕方がない」という風潮が現代日本にあることを示して議論が終わっているのであれば、それは「現代日本のコミュニケーション状況」を示して終わってしまっているのであり、きわめて「(悪い)社会学的」である。しかし、橋本の議論はそこで終わることはなく、「だから人々には思いやりがないのだ」という非常に「教育(学)的」な結論を出すところまで文章が進んでいる。
私は、橋本がそのような結論を出したところに、「教育学者」でもない者(作家でも社会学者でも)が「現代日本で教育を論ずる意義」の一端を見る。つまり、これほどまでに「他の人間の問題なんか、僕には関係ない」という風潮のはびこっている現代日本において、「現代の日本人には思いやりがない(からけしからん)」といった「人間の感情の有り様」そのものに対する堂々とした批判を展開できるのは、このような「教育(学)的」な言説しかないということである。このような言説を摂取することによって、「人々の心掛けが悪いのは『社会の在り方』のせいだ」という「社会学の悪用」をただし、人々の様態に批判を加えたりできるようになるのだと、私は考える。
そして、次に特筆すべきは、そのような「個々人のおける感情の有り様の問題」を「人間の働き方の問題」に結びつけ、さらにそれを「人間の生き方の問題」へと結論づけたことである。つまり、「他の人間の問題なんか、僕には関係ない」という人々の心情を「日本社会の現状把握」に結びつけて終わりにするのではなく、「現代における人間の働き方」の問題との関連へと議論を展開し、最後に「人間学的」な結論と「民主主義」を結びつけるところまで文章を進めているということである。
フランスの社会学者であるP.ブルデューは、晩年に「労働」を「人間の生き方」と結びつけた上で「グローバリゼーション」を批判する言説を展開していたが、日本ではそのような社会学的議論はあまり見かけることができない。だからこそ、「人間学的」な議論のとば口としての「教育学的」な議論が日本では意義深いと考えられるのである。

「モーニング娘。の10年」と日本社会の変化

所長 鈴木弘輝

今回はいきなり「モーニング娘。」に関する議論を展開するのであるが、何も私が突然のように「モーヲタ」に目覚めたというわけではない。宮台真司・堀内進之介(当研究所首席研究員)の両氏と共著の『幸福論』でも少し披露したように、私も「1970年代以降のポピュラー文化(マンガやら女性アイドル歌手やら)と日本社会の関係」というお題で少々語る程度の知識なら、なんとか持っているのである。
ということで、今回のテーマは、「『モーニング娘。』10年間の変遷」から「日本社会の変化」について考える、というものである。

去年の12月に発売になった『DVD映像 ザ・モーニング娘。』は、1998年にメジャーデビューしたアイドルグループ歌手「モーニング娘。」が結成10周年を迎えたことを記念して発売されたものである。メジャーデビュー曲の「モーニングコーヒー」に始まり、その後「シングル曲」として発売された全35曲(この時点での最新曲「みかん」まで)のPVが、DVD2枚に発売順に収められている。したがって、このDVD2枚組を通してみることによって、「モーニング娘。」というグループのメンバーの入れ替わりや、曲調や歌詞内容の変遷を確認することができる。
しかし、実際にモノを購入してみて真っ先に感じたのは、装丁などのあまりの「そっけなさ」である。曲がりなりにも10年間、「1つのアイドルグループ歌手」として活躍してきたのだから、「この10年の名場面を集めた『ミニ写真集』」とまではいかなくとも、せめて『ヒストリーブック』ぐらいつければいいのに」と思ったのだが、そういった「付録」は一切ないのだから、驚きである。
何せ、パッケージを開けるとDVDが2枚入っているだけで、後は「コンサートのお知らせ」のチラシ1枚のみ。このグループをめぐる歴代の様々な事情を予め知らなければ、「メンバーの誰がどこで入れ替わったのか」ということさえ分からないようになっている。もちろん、「とても公式に記せない理由」でメンバーを降りた子もいるので気持ちは分かるが、もう少し「親切」な作りにしてもよかったのではないだろうか。

それでも歴代のPVを通して見ていると、1つの興味深いことが分かってくる。それは、「『モーニング娘。』の変遷にはヤマが2つある」ということである。以下では、それを順に追って述べていこう。
まず、1つめのヤマは、もちろん『LOVEマシーン』(1999年9月)から、『恋のダンスサイト』(2000年1月)、『ハッピーサマーウェディング』(2000年5月)、『I wish』(2000年9月)、『恋愛レボリューション21』 (2000年12月)までの5曲の流れの中にあり、それは『ハッピーサマーウェディング』と『I wish』である。
それまでの「モーニング娘。」は、テレビ番組「アサヤン」での放送もあって話題性は多かったものの、どうしても「B級アイドル」のイメージを払拭できないでいた。そこで、いわば「ピンクレディー路線」(『UFO』[1977年12月]を彷彿とさせる)お揃いの衣装、眼を引く特徴的なダンス、耳に残る印象的な歌詞)を踏襲して『LOVEマシーン』を発売したところ、これが起死回生のヒットとなったのであった。
(他のメンバーと比べて)アイドル性の高い後藤真希をメンバーに加え、「不景気」、「インフレーション」、「明るい未来に就職希望」、「日本の未来は世界がうらやむ」といった「新聞・ニュース語」をちりばめたことが功を奏したのか、この曲は1999年を代表する曲となり、「モーニング娘。」はようやく「人気アイドルグループ歌手」となる。そして、同系統の「二番煎じ」ともいえる「恋のダンスサイト」を経て、さらにヒットをねらったのが「ハッピーサマーウェディング」である。
加護亜依、辻希美、石川梨華、吉澤ひとみを新たにメンバーに加え、さらなるアイドル性の強化をねらったこの曲の特徴は、歌詞内容としていわば「ファミリー路線」を採用したことである。「ウェディング」をテーマとしたこの曲では、「結婚する娘が両親に感謝を捧げる」というスタイルで全編が貫かれている。歌詞の一部を紹介しよう。

アー 父さん母さん(ヤイヤイヤー)
アー 尊敬します(ハイ!ハイ!)
アー わがまま娘(ヤイヤイヤー)
アー これからも娘(ハイ!ハイ!)
一生懸命 親孝行(Fuwa Fuwa Fu−!)したい

それまでとは違い、一目見ただけでかなりの制作費を投入したと分かるPVは、「恋愛から結婚=子から親への尊敬・親孝行=娘の幸せ」といった雰囲気に満ちあふれている。年少世代にも人気が出てきたことを受けて、そういった「明るく幸せな恋愛」という歌詞内容を用意したということであろう。
そして、次の『I wish』と『恋愛レボリューション21』では、そのような路線がさらに深められ、「素敵な恋愛をして前向きに人生を送ろう」というイメージを、さらに強化している。以下は、『I wish』の歌詞の一部である。

誰よりも私が
私を知ってるから
誰よりも信じてあげなくちゃ!

人生って すばらしい ほら 誰かと
出会ったり 恋をしてみたり
Ah すばらしい Ah 夢中で
笑ったり 泣いたり出来る

このように、ここまでの5曲は一貫して「恋」とか「愛」とか「LOVE」などがテーマとなっている。おそらく、『LOVEマシーン』がヒットしたので、「LOVE」に関連した曲でどんどん流れを作ろうとしたのであろう。
しかし、このような一連の歌詞内容で終わってしまうのであれば、「アイドル歌手の曲」としては特に目新しいものはない。なぜなら、この手のテーマは実に多くの歌手によって、すでに十分歌われているからである。したがって、「モーニング娘。」がその「らしさ」を明確に見せるのは、「次のヤマ」なのである。
2つめのヤマは、『ザ☆ピ〜ス!』(2001年7月)から、『Mr. Moonlight 〜愛のビッグバンド〜』(2001年10月)、『そうだ! We’re ALIVE』(2002年2月)、『Do it! Now』(2002年7月)、『ここにいるぜぇ!』(2002年10月)と続く5曲の中にあり、それは『Do it! Now』と『ここにいるぜぇ!』の2つである。
今度の5曲の特徴として挙げられるのは、「身近な人たちとの(普通の)共同性」を高らかに歌い上げるということである。まずは、『ザ☆ピ〜ス!』の歌詞から見てみよう。

EVERYBODY GET UP ウチらが住む
未来だぜ LET’S GET UP
EVERYBODY SREAM 意味ないけど
コンビニが好き HAHAHAHA

選挙の日って ウチじゃなぜか
投票行って 外食するんだ
(奇跡見たい すてきな未来 意外な位 すごい恋愛!)
LET’S GO! LET’S GO! LET’S GO! LET’S GO! LET’S ・・・PEACE PEACE!

好きな人が 優しかった(PEACE!)
うれしい出来事が 増えました
大事な人が わかってくれた(PEACE!)
感動的な出来事と なりました

この曲では、「ウチら」という主に10代の女子が使う代名詞や、若者たちが集団で出入りする「コンビニ」という言葉を使いながら、家族や「好きな人」との身近なコミュニケーションの大切さを「モーニング娘。」たちが明るく元気に歌っている。そして、PVの途中では、「モーニング娘。」のメンバーたちが嵐の中をめげずに、全員で力を合わせて「m」の旗を船のマストに掲げるというシーンが登場する。これなどは、「『モー娘。』の旗の下に」という「共同性」、言い換えれば「『モー娘。』共同体」の表れであろう。
それは、次の『Mr. Moonlight 〜愛のビッグバンド〜』と『そうだ! We’re ALIVE』にも表れている。これら2つのPVは、「とても楽しい(中学校の)文化祭」というイメージを濃厚に漂わせている。特に『そうだ! We’re ALIVE』のPVは、全編を通じて、「赤・青・黄の3色で彩られた『M』の旗をバックにメンバーが歌い踊る」という構成となっている。つまり、ここでもまた、「『モー娘。』の旗の下に」という「『モー娘。』共同体」を明確に志向しているのである。
そして、そのイメージは『Do it! Now』と『ここにいるぜぇ!』で、さらに明確に描かれている。まずは、『Do it! Now』の歌詞を紹介しよう。

最初のデートの帰り道
口づけしたこと覚えてる
ほんの一秒足らずでも
Ah 一生忘れない

何度か歩いた商店街
ギリギリ間に合った終電車
ドキドキしたと同じ分だけ
恋に落ちていった

どんな未来が訪れても
それがかなり普通でも
一歩一歩でしか
進めない人生だから
立ち止まりたくない

DO IT NOW!
宇宙のどこにも見当たらないような
約束の口づけを原宿でしよう
DO IT!
私の持ってる 未来行きの切符
あなたと二人できっと叶えたい
I Love You

この歌詞内容で注目すべきことは2つである。1つは、「商店街」などの「地元(ジモト)」をイメージさせる言葉を使っていることである。つまり、「原宿」という「東京の都会」の代表である地名が「二人のこれからの目標」にからんでいることから、この恋人たちが生活しているのが「都会ではなく地元(ジモト)」であることが示されている。
もう1つ注目すべきことは、「自分の未来が『かなり普通』でも進んでいこう」という主張が、言葉としてはっきりと表れていることである。つまり、「それほど特別ではない未来であっても、二人で(ジモトで)幸せになりたい」というイメージが、この曲全体のコンセプトとなっているのである。
次は、『ここにいるぜぇ!』であるが、これはここまでの「『モー娘。』共同体」路線の集大成ともいえる曲である。

YES! WONDERLAND
夢の翼を広げ
(Here is Wonderland)
BREAK THROUGH
自分をブチ破れ!

僕らはまだ夢の途中
みんなみんなそうなんだ
いいわけなどGOOD BYE BYE
チャンスはそこにある

YES! WONDERLAND
愛の翼を広げ
‘I’M HERE’
今ここで叫ぶぜぇ!

この曲のPVは、「モーニング娘。」のメンバー全員がステージで歌い踊り、それを見ている観客と一体化するという構成で出来上がっている。すなわち、「モーニング娘。」たちと一緒に過ごしている「今ここ」こそが「ワンダーランド」だというのである。そして、全員で力を合わせて「m」の旗を山の上に掲げるというシーンが、やはりPVの最後に登場する。つまり、「『モー娘。』の旗の下に」という「『モー娘。』共同体」の明確なイメージを強調して、このPVは終わっているのである。
しかし、次の『モーニング娘。のひょっこりひょうたん島』(2003年2月)では、まだ「とても楽しい(中学校の)文化祭」というイメージがPVに漂っているものの、その次の『AS FOR ONE DAY』(2003年4月)以降、それまでのように「『モー娘。』共同体」を特に強調するような曲は、ほぼ全くといっていいほど歌われなくなる。もちろん、「アイドルグループ歌手」であるから、全員が共通のセットで歌い踊るというシーンは、現在に至るまでたくさんPVに出てくる。しかし、歌詞内容が一つの方向性を持っているということは、もはや失われているのである。

ここまでの議論を踏まえて、私がここで考えたいことは、「なぜ途中で『歌詞内容のイメージ変更』があったのか」ということである。しかし、このことについて考える前に、「『モー娘。』共同体」のイメージとはどのようなものだったのかということについて、まずは考えなければならないだろう。
いきなり乱暴な言い方をすると、この「『モー娘。』共同体」の前提となっているのは、「知識(知性・理性)と感情(友達・家族・恋愛関係)は別もの」という図式だと考えられる。すなわち、「たとえ学校では冴えなくても、自分の身近な人たちとの『共同性』の中では幸せに暮らせる」、「勉強は出来なくても、愛があれば大丈夫」というイメージで語ることの出来る図式である。
そして、このイメージが前提としてあったからこそ、「コンビニ」や「商店街」といった「ジモト」と結びつく言葉を並べて、そこを舞台とした「親密な人間関係」を明確に描くことが出来たのではないかと考えられるのである。
したがって、「なぜ途中で『歌詞内容のイメージ変更』があったのか」という問いに対しては、「『モーニング娘。』の作り手」の側が「そのような前提がもはや成立しなくなった」と考えるようになったからではないか、と答えることが出来る。そして、その分岐点となっているのが、それぞれのシングル曲が発売された年を追っていけば分かるように、2003年なのである。
とはいうものの、では「日本社会にとって2003年とはどのような年なのか」と聞かれても、「2001年に小泉純一郎内閣が発足してから2年経った年」とか、「(イラク戦争の開始に伴った)イラク復興支援特別措置法が成立した年」といった事実でしか答えることができない。しかし、こういうことぐらいは言えると考えられる。
―この年ぐらいから、「『ジモト』の共同性へ感情的に寄りかかる」といった姿勢が、人々にとって魅力的なものと感じられなくなってきたのではないか―。
すると、今度は逆のことも言えるようになる。例えば『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(水野和夫著、日本経済新聞出版社)は、「世界経済を支配する法則は、1995年を境に一変した」というが、日本社会では2002年ぐらいまでは、(ハーバーマスのいう)「生活世界」のヴァリエーションである「『ジモト』の共同性」が残っていたのではないか、と。
そして、「モーニング娘。」に限らず、90年代のポピュラー文化や若者の様子を考える時には、このようなことを再検討してみる必要があると思うのだが、いかがだろうか。

次回の更新は2/10、堀内進之介です。

「閉じられた社会」を相対化するための「教養」

所長 鈴木弘輝

前回のブログで、高田里惠子の『グロテスクな教養』を引用しながら「教養」について述べてみたのだが、今回はその続きである。
その本の中で、高田は「教養」を「自分自身で自分自身を作り上げようとすること」と定義しているのだが、そのことを踏まえた上で、彼女はさらに「逆転的」な見解を示している。それは、「教養」を考える上で重要なのは、「自分が他者からどう見えるか」ということだというものだ。
その見解によれば、自分自身は他者の承認によってしか確認できないものであるのだから、「教養主義的読書」は「自己に閉じこもった作業」どころか、「他者との関わり」そのものだった。そして、戦前期の日本にとっての「教養主義的な他者との関わり」=「教養の培われる場としての対面的人格関係」とは、「旧制高校」という「閉じられた社会」における友人関係のことを主に指すのである。
では、その場合の「教養を身につけた人」=「教養人」とは、どのような人か。それは、「他者との建設的な関係をとりむすぶことのできる、伸びやかで健全な普通人」だということになる。そして、高田は、そのような見解を示す代表的な「教養人」として、『ビルマの竪琴』の作者・旧制第一高等学校教師の竹山道雄を挙げる。
高田によれば、竹山は「『エリート』の代名詞である『旧制一高生』たちの大部分が『普通』である」ことを強調する。そして、そのような「普通」の学生とは正反対のタイプの者に、手厳しい批判を加えているのである。
その「一高生」は、ランボオとショパンを崇拝し、フランス語を愛し、自ら詩を書いており、一高寮内の仲間に「自殺」をつねづね公言していたという。そして、実際に「自殺」を果たす際に、彼は「自らの死後」について、友人たちに以下のような「遺言」を残していたという。それは、自分の「自殺」を大手新聞社に通報することと、自らの「遺稿集」を出版することの二つであった。
しかし、高田はこの「一高生」とその友人たちのとった行動こそ、「教養の培われる場としての対面的人格関係」なのではないかと論じており、それを「他者との比較・競争関係の胸苦しさ」と表現している。なぜなら、そのような「エリート」は、すでに「受験の勝者」として承認されてしまっている者同士であるがゆえに、「なおも自分を特権化しうる差異」を求める競争を行っているからである。そして、そのような《「他者との比較や競争」を通じての葛藤をくぐりぬける》という体験の回避が、現在における「自己形成」の問題点であるとしているのである。
高田が問題としているのは、「教養人になる」というプロセスについて、竹山道雄が「他者との比較や競争に参加すること」を否定した上で、「普通であること」を奨励しているように見える点である。つまり、「『教養人』たらんとするならば、『他者との比較や競争』などに心血を注ぐのではなく、むしろ『普通』に過ごしている方が望ましい」という「教養論」には、やはり問題があるのではないかと高田は述べているのである。
もっとも、高田も「他者との比較や競争」にうつつを抜かしているだけでは、やはり「自分自身で自分自身を作り上げようとすること」は困難だと考えているようである。なぜなら、彼女の文章では「葛藤をくぐりぬける」と表現されているからである。すなわち、「他者との比較や競争」という「閉じられた社会」に留まったままでは「教養」は身につかず、そこを「くぐりぬける」という次のステップが「教養人への道」だと考えているようなのである。

このような高田の議論は、「『閉じられた社会』をくぐりぬけろ」と無理やりまとめることができるだろう。すなわち、「自分の身近な人とのコミュニケーション」に拘泥することなく、「『閉じられた社会』を相対化することのできる視座」の獲得を目指すことが、「教養人への道」だというのである。
しかし、「『閉じられた社会』を相対化することのできる視座」の獲得は、何も「『自分の身近な人とのコミュニケーション』からの脱出」によってのみ得られるものではない。むしろ、現代の日本社会においては、「『身近な人とのコミュニケーション』への脱出」によってこそ得られるとも考えることができるのではないか―。そのような思考へと読む人を誘ってくれるのが、橋本治の『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』である。
橋本は、最近の「勝ち組・負け組」という二分法的判断が、「それ以外の思考様式を人に許さない」ものであると指摘している。そして、そのような判断の背後に、「日本経済は破綻しない」、あるいは「世界経済は破綻しない」という思考があると推論している。
すなわち、「『世界経済は破綻しない』で成長するのだから、その流れに乗らなければならない」という思考が停留にあるからこそ、「あの人(学校・企業)は『勝ち組(・負け組)』だな」という判断ばかりが意識にのぼってしまい、さらには「『勝ち組』の流れに乗り遅れるな」といわんばかりの行動に出てしまうというのである。
つまり、橋本の意見をこれまでの流れの中でまとめるならば、「勝ち組・負け組」という二分法で他人や物事を判断している人々は、「世界経済は破綻しない」という意見だけが絶対的な「閉じられた社会」に住んでいるのだというのである。そして、橋本自身は以下のように、「『身近な人とのコミュニケーション』への脱出」によって「『閉じられた社会』を相対化することのできる視座」を獲得しようとする。

私が言いたいのは、どこでどうなっているのか分からない「世界のあり方」なんてものを勝手にシミュレイトして、それに自分を合わせようとしたって、合うかどうかなんか分かんないじゃないか、ということです。
自分が「世界の中」で生きているんなら―そのことを明確に自覚していたら、「世界」だって、「合わせてやろう」と言って向こうからやって来るかもしれないという、そんなことだけです。「世界」という、よく分からない遠くの現実に合わせるより、自分の生きている現実との調和関係を維持構築することの方がずっと重要で、そういうことをしていなかったら、遠くの「世界」が「こんにちは」と言ってやって来たって、どうしたらいいか分からないままでしょう。
自分の生きている現実との調和関係が維持構築出来ていて、そんな自分が「世界」に必要とされるのなら、その時は、自分の現実がほんのちょっと広がるだけで、「遠い世界も、小さな自分の現実も、現実になってしまえば違いはないな」と思うだけです。
(橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』集英社新書75-76)

ここで橋本が指摘したいのは、本来ならば「世界経済」といった「視野」に立って物事を見ることは、「大局的に物事を見る」ことであるはずなのに、かえって自らの「視角」を狭くしてしまっているという「逆説的事態」だと考えられる。
すなわち、いささか乱暴な結論ではあるが、「グローバル」や「コスモポリタン」といった「大局的な観点」を人に与えてくれそうな概念が、かえって人を「『閉じられた社会』の住人」にしてしまい、結果的に「『閉じられた社会』を相対化することのできる視座」を獲得できなくしてしまうと考えられるのである。そして、もしそのような「『閉じられた社会』の住人」であるならば、その人がどれほど「グローバル」や「コスモポリタン」について知識を深めたとしても、それは「教養」から最も遠い作業だということである。
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